2011/07/17

ボランティアで南三陸町に行って来ました。

ボランティア活動ってもっと志の高い人の行いかと思っていました。

6月初旬のグループミーティングで、会社主催の震災ボランティアツアーを検討していると聞かされました。
ツアーで、旅費が会社持ちとのことだったので、何か役立つのならと、割と軽い気持ちで参加希望に手を上げました。

翌週には、開催が決まり日程も発表され、とんとん拍子で参加が決定してしまいました。

概要は、次の通り。
日程  :7月10日(日)夜から3泊4日(うち車中1泊)
     支援活動は2日間
活動場所:宮城県本吉郡南三陸町
     現地VCセンターに団体登録
ホテル :松島海岸付近(食事有り)
参加者数:30名(うち女性2名)
費用  :会社負担
その他 :活動の3日間は特休扱い

もう少しのんびりかと思っていたのですが、決定するとちょっと焦りました。
装備は、自己責任となので、買いそろえる必要があります。
会社から提供された資料や、ネットでボランティア活動を調べ、買い物リストを作成しました。

また、破傷風の予防接種を推奨とあったので、事前に自宅近所のクリニックにて接種してきました。
1回、3,150円でした。

ホームセンターなどで買いそろえた主な物は、
安全靴+踏み抜き防止インソール
クールマフラー
ビニール手袋(通気性のよい丈夫なやつ)
防塵マスク(活性炭フィルタ付き)
プラスチックゴーグル
虫除けスプレー
衣料用冷却スプレー
日焼け止め
経口補水液(2㍑)
ゴミ袋
カーゴパンツ×2
長袖Tシャツ×2
などなど。

その他の物は自宅の物で間に合わせます。
特にTシャツ・タオルは捨てても良い古い物をたくさん用意しました。

出発前日から荷造りを始めましたが、少しでも荷物は少なくしたが、現地でどれだけ調達できるか不安だったり。
特に迷ったのは、Tシャツとタオル。捨てても良いような古い物を用意しましたが、数をどれだけ用意するか。
作業中どれだけ汚れて、途中で着替えることがあるのかなど、悩み出すとむずかしいです。

最終的に、スーツケース、メッセンジャーバッグ、ウェストバッグの3つのバッグに
・集合に着て行き、そのまま活動できる服
・バス内での用具
・初日活動の装備
・ホテル内での衣類&日用品
・翌日の衣類&装備
・最終日の衣類
と分類し小分けし詰めましたが、出発直前まで、あれやこれややってました。



集合は、21時半、JR川崎駅前です。
点呼を取り、バスに乗って、22時に出発しました。
首都高・東北道を走り、2時間後、佐野SAで最初の休憩をしました。
出発後、社内は消灯となり、就寝。
途中何度かSAで休憩していたとのことですが、爆睡していて、起きると5時半、長者原SAでした。



このSAが最終休憩所で、朝食と着替えを指示され、また、会社から水1.5㍑と塩飴を配給されました。



南三陸町の災害ボランティアセンター(以下、VC)に着いたのは、8時頃。
途中、南三陸町の中心街を走ってきたのですが、テレビで報道されているままで、瓦礫がそのまま。
シャベルカーやダンプカーがたくさん走っていましたが、全然追いつかない感じです。



VCは、ボランティア団体・グループ、個人の受付、支援活動の割り当て、サポートする組織です。
しばらくするとリーダーが戻ってきて、本日の作業は近くの集落の瓦礫撤去と発表しました。

VCから車で10分ほどの所にある、寄木という地区で、津波被害を受けたところだそうです。

VC担当者の先導で現地に行ってみると、狭い入り江の集落で家は20軒ほど。
ただし、家々はほぼ土台しか残っておらず、その周りには大量の瓦礫が散乱し山積みになったままの状態。

バスを降りて、VC担当者に簡単に説明を受けてから作業開始。
複数のボランティア団体がその地区に投入され、我々は全員でその一部の片付け作業になりました。



作業は、家や道の周り、沢にたまった瓦礫を、一輪車(ネコ)や手作業で、20mほど先の集積所まで運びます。
集積所では、燃える物、燃えない物、ガラス、陶器、瓦で分類し、集めます。
燃える物はその場でどんどん燃やしてしまいます。
写真や仏具、使えそうな食器類、その他記念品などは、別に奇麗にそろえて保管します。

作業は、30~40分活動して15分休憩のサイクルで行いました。
だた、各自の判断で休憩も自由にしてOKとの指示もでましたが、みなでの休憩は絶対に取るようにとの指示が出ました。

作業も各自、自分の体力を見極め各自自分で考えて行動するようになってました。
無理しないことが大切でした。

辺りには、どんな物でも転がっていました。
まずは目に付く、物から片付けていきます。
岩や石は少なく、木片・トタン、瓦が目立ちます。
一輪車や鶴橋、バール、ハンマー、ワイヤーカッターなどの工具はVCより貸し出しがありました。
家の柱をバールで分解して運んだりしました。

12時から一時間はお昼休み。



会社で用意してくれたコンビニ弁当とお茶でした。
日陰に座って食べていると、海からの風が気持ちよく、周りは静かで普段からとてもよい所なのだろうという思いがしてきました。

午後も、午前と同じサイクルで作業を進めました。
日差しが強く、気温も上がってきたので、かなりきつくなってきました。
アメをなめ、水を飲む量が増えました。

作業は細かい瓦礫から、家の柱や梁など大きな物の回収に移っていきました。
冷蔵庫を回収したり、家の柱をバールで解体したり、漁で使われていた網やロープを巻き取ったり、畳を運んだりとかです。



VCからは、保冷ボックスにはいった氷と水が差し入れられました。
冷たい水は、かなり助かります。
ただし、たくさん飲めるのは、事前に自分で購入した経口補水液で、身体への吸収が早いと感じました。



作業中、臭いには余り悩まされませんでしたが、腐ったわかめパックが大量に出てきたときと、堆肥の袋が破けて散らばったときには、強烈なにおいがきびしかったです。

15時半頃、作業終了。
バスの所まで歩き、いったんVCに寄り、手続きを済ませてから、ホテルに向かいました。
ホテル松島海岸です。南三陸町からは高速を使っても、渋滞もあったため2時間以上かかりました。

松島海岸のホテルは比較的被害が少なかったため、営業しているところが多く、南三陸町から一番近い宿泊場所がこの辺だったそうです。
泊まったホテルは大きな観光ホテルで、他のボランティア団体や警察関係、工事関係者がたくさん宿泊していました。
若干ですが観光客もいたようです。



部屋は、バス・トイレバス付きで、6人で泊まります。
ホテルには2泊しますが、バスタオルとタオル、シーツの交換はなし。
浴衣と歯ブラシやひげそりのアメニティはなしでした。(売店では買えます)

荷物を下ろしたらすぐに大浴場へ。
大浴場はかなり広く、洗い場もたくさんあるのですが、なにせ人が多いため、混雑していました。

温泉ではないのが残念なことですが、露天風呂からの松島の眺めはかなり良いです。



夕飯は、大ホールでのビュッフェのみ。
ご飯と味噌汁で、あんかけかた焼きそば、煮物、ロールキャベツ、とんかつ、サラダ、キムチ、漬け物などです。
デザートは杏仁豆腐でした。飲み物は冷たい水と、コーヒー。
味はそれなりでしたが、ひとめぼれのご飯は美味しく感じました。

部屋に戻ると、同部屋人は売店で買ったビールを飲み始めましたが、すぐにお開き。
やはり疲れていたので、21時過ぎには寝てしまいました。

火曜日
5時起床。5時半から夕飯と同じ大ホールで朝食。
もちろんビュッフェですが、朝ご飯的メニュー。
元気をつけるため、ご飯と卵焼きをおかわりしてたくさん食べました。



ホテル出発は6時半。
朝は渋滞がなかったので、約1時間半でVCに到着。
活動の割り当てを待っている間に、本日分の水2㍑を受け取りました。

2日目の活動は、前日と同じ寄木地区で同じ作業となりました。
昨日の話では、違う場所で活動するようなことを聞いたのですが、その場所の作業が中止になったそうです。
この日、寄木地区に投入されたボランティア団体数・人数は、昨日よりもかなり増え、集中的にこの場所の片付けを行ったようです。



勝手知った場所なので、我々のグループはすぐに作業に取りかかり、昨日作業した隣の家と納屋の周りから作業をはじめました。
引き続き、家の裏の崖に引っかかっている瓦礫を落として運んだり、納屋の横に山積みされた瓦礫を集積所まで運んだりと作業を進めました。
各自、作業に慣れてきて手際が良くなってきたようです。
そんな中、木材で切り傷を作ったり、釘を踏み抜いたりと小さな怪我が発生しました。
なれてきた頃が危ないというのは本当だなぁと痛感しました。



お昼は、前日と全く同じお弁当でしたが、なんだか塩鮭が美味しかったです。
この日は、ハエが多く、食事中ちょっと邪魔でした。

午後は、昨日に比べて日差しも強く温度も高かったため、少しバテ気味。
水と塩飴をハードリピート。ほんと、塩飴は美味しいです。



そんなおり、救急車が隣の別の団体が作業しているところにサイレンを鳴らしながら到着。
だれかを救急車に乗せ。搬送していきました。
すると全員が集められ、隣のエリアでボランティアの一人が、作業中に井戸に落ちて怪我をして運ばれていったとのこと。
我々も十分気をつけるようにと、言われ作業を再開しました。



作業場所が片付くと、最後の作業と言うことで、自衛隊が道路の瓦礫を集めて築いた山を分別するという作業を行いました。
この瓦礫は、大きな岩や砂、電線、樹木などかなり大きく重い物が多く、また砂埃もすごくて大変でした。

15時過ぎ作業を終了。
後片付けをして撤収しました。
VCにもどる前に被害の無かったコンビニに寄り、各自思い思いにご褒美の品を買ってバスで乾杯していました。
私はアイスクリームで乾杯でしたw

ホテルに戻ったのは、18時過ぎ。
大浴場で汚れを流した後、夕飯は、19時半からツアー全員でささやかに宴会形式でw
酒類が会社の方から提供されました。
食事自体は、ビュッフェのメニュー。ハンバーグとナポリタンがメインの洋食系でした。



お酒が大好きな人たちは、部屋に戻ってからも宴会をしたようですが、私は部屋に戻って就寝。

水曜日
9時出発なのでゆっくり寝ていられるのですが、5時半頃起きてしまいました。
大浴場に朝風呂に行き、ゆっくり浸かってから、朝ご飯をたんまり食べました。
なんだか、スクランブルエッグとウィンナーが魅力的に感じましたw



一部の人たちは松島海岸を散歩していました。
他の海岸地区の比べると松島は被害が少なかったようですが、まだまだ営業していない店も多くそれなりに被害はあったようです。

出発まで荷物を整理し、テレビを見たり、会社の人と話をしたりして過ごしました。

ホテルを出発後、お土産物屋さんに寄ってから、高速に乗りました。
最初の1時間ほど眠りましたが、その後は、日記のメモ書きをしたり、本を読んですごしました。
昼食は那須高原SAでとり、川口PAで最終の休憩したのが15時半頃。
首都高で事故渋滞に巻き込まれ、一般道も渋滞していたので、JR川崎駅に到着したのが17時半頃。
荷物を下ろして解散しました。

ちなみに、2週間後、第2回のツアーも開催されることが決まっていて、9月以降も続けるそうです。

人生において初めてのボランティア活動で、参加前は体調面、装備も含めて結構心配したのですが、微々たる力ですが何らかのお役に立ててよかったと思っています。
個人で準備してボランティアに行くのはかなり敷居が高く大変なことですが、このようなツアーとして企画されるのは良いことだと思いました。

南三陸町中心部はもとより、入り江毎の集落も瓦礫の山ばかりで、テレビで見た状態のままのように思えます。
4ヶ月たっても全然復旧が進んでいないのを目の当たりにしました。

活動は2日間とも、瓦礫撤去作業で、(後で聞いたことですが)家主さんにも感謝されたとのことですが、直接被災者の方との関わりがなかったことが、ちょっと残念でした。